赤坂テクニカルカフェ・第1回:3D-LUTとEFレンズでテレビドラマを撮る〜「婚活刑事」


 毎年つぎつぎに新たなカメラが発表され、デジタルシネマカメラウェーブの勢いは、まだまだとどまることを知らない。その中でも、昨年の10月にソニーから発売されたPXW-FS7は機能面、コスト面ともにとても魅力のあるカメラだ。

 このPXW-FS7は、S-Log3収録や180fpsのハイフレームレートなど、同社のPMW-F55にほぼ近い機能を備えている上、カメラ本体は¥100万以下という価格を実現している。PMW-F55の半額以下でレンタルすることもできる。カメラの価格が下がった分、レンズやその他の機材を充実させることができるのは、機材選択時の強みになる。

2015年7月クールの読売テレビ “プラチナイト・木曜ドラマ” で放送されている「婚活刑事」(http://www.ytv.co.jp/konkatsu/)は、PXW-FS7で撮影している。

 「婚活刑事」は、伊藤歩さん演じる絶賛婚活中の女性刑事・花田米子が奮闘する婚活ミステリー。米子は日々婚活パーティーにおもむくが、そこで出会って好きになる男性は決まっていつも犯罪者で、泣く泣く逮捕することになってしまう…という連続テレビドラマだ。

 刑事ドラマといえば、捜査によって事件を解決していく、推理の面白さが魅力であるが、このドラマはそこに、米子と犯人のラブコメ的な要素が加わり、2つの側面で楽しめるつくりとなっている。捜査シーンと恋愛シーン、この2つのシーン転換をどういったルックの変化で見せていくのかが、今回の作品づくりの肝となった。カメラマンの宮崎氏と話し合った結果、軸となる2つの撮影プランができ上がったので紹介したいと思う。

3D-LUTで思いどおりのトーンを

 「婚活刑事」では、より豊かな色域を表現できるLog収録を採用した。前述した今回のドラマの2つの側面について、“米子の恋愛シーンはキラキラしたビビッドな色に”、“小池徹平さんが演じるエリート警部・藤岡躑躅(つつじ)の捜査シーンはコントラストの高い硬い画で格好よく” といったコンセプトがあり、Rec709の環境では満足のいく色が出せないと考えたからである。

 昨今ではテレビドラマの現場でもオンセットグレーディングが取り入れられたり、Log収録の波は広がっている。しかし今回の作品では、現場でもポスプロでも充分な時間が取れないため、事前に決めたLUT(look up table)を各シーンに当てはめて、カメラ内でグレーディングしたものを収録していくことにした。

 LUT作成にあたっては富士フイルムのイメージプロセッシングシステムIS-mini MANAGERを使用した。これにはすでにPXW-FS7用のカメラプロファイルが用意されていたので、ストレスなく作業を進めることができた。

 撮影に入るまでの準備期間中に、これから現場で起こりうるであろうさまざまな状況をシミュレーションし、それらすべての撮影状況に応じたLUTを用意しておかなければならないと考えていた。そのため、膨大な数のLUTをつくる作業が待っていたのだが、IS-mini MANAGERのシンプルな操作性に助けられ、この大きな問題を乗り切ることができた。

 そうしてでき上がったものが、シアン系やイエロー系などに色を転がした”カラーLUT”、蛍光灯などによるグリーンかぶりを補正した”ノーマルLUT” 、細かな色味の調整をしたいときのための”色温度変換LUT”である。

 Log収録で3D-LUTを運用する場合、PXW-FS7の設定はcine EIモードに固定される。その際、色温度は3200K、4300K、5500Kの3種類からしか選べない。現場での色調整は、用意したLUTの選択と、この3種類の色温度でしかできないので、少し暖かい色にしたい、冷たい色にしたいときなどのために4300K→3800Kや、3200K→5000Kなどの色温度変換のLUTを数段階つくって対応することにした。

 これに加え、IS-mini MANAGERにプリセットされているフィルムLUTを数種類選び、ガンマ値違いで使用することにした。

準備期間にでき上がった約50種類のLUTをSDメモリーカードを介して、シーンのテーマや撮影状況に合わせて、現場で読み込むというのが今回の流れだ。その結果、思いどおりの色調で撮影することができた。

EFマウントレンズの魅力を引き出す

 大判センサーカメラでテレビドラマを撮る際、レンズの選択に頭を悩まされることが多い。膨大なカット数をこなしていかなければなないため、単焦点レンズ使用時のレンズ交換の時間すら惜しい。かといって映画用の高倍率ズームは大きくて重く、慌ただしくカメラポジションを動かさなければならないときにネックとなる。

 フジノンから軽量なPLマウントズームレンズであるZKシリーズが登場してからは、そのコンパクトさと、19-90mm、85-300mmという絶妙な焦点域などから、よく使用されるようになった。

 上記のレンズを使用する際、Eマウントを採用しているPXW-FS7ではPLマウント変換アダプターが必須だ。そのほかにも、Eマウントはそのフランジバックの短さから、マウントアダプターを介すことでさまざまなマウントのレンズを使用することができる。今回は予算の都合上PLマウントでの運用が厳しいこともあり、豊富なラインナップを誇るEFマウントを選択した。

 これまでも深夜ドラマでEFマウントのスチルレンズはよく使われていたが、ズームによるバックフォーカスのズレや、無限に回り続けるピントリングでのフォーカシングの難しさ、レンズ個々による絞りのばらつきなど、悩みが絶えなかった。

 しかし、そこにMetabonesのマウント変換アダプターSpeedBoosterが現れた。アダプターにSpeedBoosterを使用することによって、焦点距離が×0.71となり、Super35mmセンサーでもほぼ35mmフィルムカメラと同等の画角が得られる。それに加え、絞りが1STOP分稼げるため、F2.8通しのズームレンズでもF2まで開く。その明るさと、浅い被写界深度が、これまでの悩みを上回るほどの魅力をもっていたため、EFマウントレンズを選択する決定打となったのである。

 今回はEF11-24mm F4L、EF24-70 F2.8LII、EF70-200mm F2.8Lの3本のスチルレンズを用意した。EFレンズとPXW-FS7の組み合わせはとてもコンパクトで小回りが利くので、手持ちで振り回す際などに威力を発揮する。

発売されて間もない11-24mmには驚かされた。これだけのワイドレンズなのでディストーションはそれなりにあるものの、ダイナミックなワイドな画角でも絞りを開放にすることでパンフォーカスにならず、人物にピンポイントでピントが合い、背景はほのかにボケる。こういった面白い画づくりができるのもEFレンズならではの魅力ではないだろうか。

 そして今回の作品にとって欠かせないものとなったのが、ドライブユニット付きのEFズームレンズであるCN7×17 KAS S/E1の存在だ。このレンズはEFマウントだが、放送用ズームレンズと同じ操作性で運用することができる。ズームサーボやフォーカスデマンドが使えることは忙しいドラマ制作の現場では、とても便利である。

CN7×17 KAS S/E1は、17-120mmという使い勝手のよい焦点距離で、このレンズ1本でさまざまなシチュエーションを乗り切ることができた。F値が開放2.95というのもありがたい。90mm以降は徐々に絞られていき、120mmではF4まで落ちてしまうが、そういったズームワークがある場合はカメラ側で増感し、あらかじめF4まで絞っておくことで対処した。

CN7×17 KAS S/E1は、ズーム全域で4K解像度をカバーしているので、描写力も優れている。現場でモニターを見ていた役者さんに「これ映画のレンズでしょ? 奥行きがあって、見ていてワクワクするね」とお褒めの言葉をいただいたぐらいだ。

 ひとつ難点を述べるとすれば、Super35mmのイメージサークル用につくられているため、フルサイズ用であるSpeedBoosterを装着すると周辺にケリが出てしまい、使えなかったことだ。そのため泣く泣く普通のマウント変換アダプターを使用しなければならず、SpeedBoosterによる恩恵を受けることができなかった。

 しかし、このズームレンズによる撮影効率の向上と、スチルレンズによって得ることのできた少し風変わりな映像を見てみると、EFマウントという選択は間違っていなかった、いやむしろ結果的には大成功であったと実感している。


 「婚活刑事」は9月17日まで毎週木曜23時59分から放送しているので、ぜひご覧いただきたい。
 3D-LUTによって獲得した豊かな色味が各シーンを引き立たせ、EFレンズの一味違った表現が各カットを面白みのあるものにする。そんな視点でこのドラマを楽しんでいただけたらと思う。

 撮影スタイルは日々多様化しているので、さまざまな制約があっても選択肢はたくさん存在する。その中から作品のテーマにあったものや、自分の挑戦したいことを照らし合わせていけば、いくらでも正解は導けるであろう。自分も含め、撮影に携わっているスタッフ全員で、これからも楽しい撮影ライフを創造していければ幸せだ。


About 田村 翔

株式会社 アップサイド 撮影部 所属

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