NHKにおける8K制作の取り組み〜2014 FIFA ワールドカップ ブラジル 8K中継


 NHKは、先ごろ開催された2014 FIFA ワールドカップ ブラジルにおいて、9試合を8KスーパーハイビジョンでFIFAと共同制作し、日本国内4箇所と現地ブラジル3箇所のパブリックビューイング会場でのライブ中継を実施した。8Kスーパーハイビジョンによるライブ中継、しかも世界的なスポーツイベントであるサッカーワールドカップということもあり、日本代表の初戦となった「日本×コートジボワール戦」では当選倍率が最高52倍という非常に多くの申し込みが寄せられた。

 最終的に日本国内の総来場者数は録画上映も含め9022人となり(うちライブ上映1918人)、多くの来場者から8Kのもつ高臨場感に対して、好評意見が寄せられたとのことである。

 今回、上記のライブ中継を担当したNHK 放送技術局 報道技術センター 中継部の濱田 信之 氏に、主にカメラマンとしての視点から今回の取り組みの意義や使用したシステムの概要、苦労された点など、興味深いお話を伺うことができたので、その様子をお届けしたい。

8Kテレビ番組としてのコンテンツ制作を目指し

・今回どのような意図・目的のもとに2014 FIFA ワールドカップ ブラジルの8Kライブ中継を行われたのでしょうか?

濱田氏:NHKを代表してというわけではなく、あくまで一カメラマンという前提でお話させていただきますが、現在8Kスーパーハイビジョンの試験放送や本格普及に向けて、やらなければならないことがたくさんあります。その1つが8Kがどのようなものかを知ってもらうことだと考えています。
 そのためにも持ちうるすべての技術を投入し、世界的なイベントで8Kコンテンツを制作し、それをなるべく多くの方に8Kという言葉だけでなく実際に体感していただくということがとても大切だと思います。今回8Kライブ中継を通して、多くの来場者を始め、各国の放送関係者やVIPの方々に、8Kのすばらしさを感じていただくことができたと考えています。

 

・実際に8Kライブ中継を行うに際し、念頭に置かれていたことなどありますか?

濱田氏:今回の2014 FIFA ワールドカップ ブラジルにおいては、テレビ番組をつくるということをテーマにしました。きれいな映像を撮れるカメラがありますよ…それで撮影してみましたよ…ではなく、きちんと番組コンテンツとして成立させる、サッカー中継として現行の2K放送よりもすごいね…と実感していただける8K番組の制作を目指しました。カメラがいいとか、レンズがいいとか、モニターがいいとか、もちろん重要なのですが、それらを活用して8Kとしてのスポーツ中継の可能性を視聴者にお見せするというのが一番大切であると念頭に置き、番組制作を行いました。

 

・かなりハードルの高いテーマだったように見受けられますが。

濱田氏:そうですね。ただ、パブリックビューイングで視聴していただいている方々は、それだけを見ているわけですから、スーパーもなにも入らず、ただ8Kの映像を流しているだけで、誰が得点したのかわからない、そもそも得点したのかどうかもわからないなどとなってしまっては番組として成立しません。スポーツ中継として視聴者の方々に「8Kいいな」と思っていただけるには、やはりどれだけハードルが高くてもテレビ番組としてのコンテンツ制作を目指す必要がありました。

 

・中継を終わられて、ご自身で実感されたこととかございますか?

濱田氏:現時点で実現しうる世界最高の8Kスポーツ中継を行うことができたということを感じています。一方で8K機材はまだ開発途上でもあり、限りある機材・機能をいかにフルに活用できるかスタッフ全員で意見を出し合い、使えるものは全てかき集めて使用しました。その意味での達成感もあります。

カメラ周りを中心とした機材概要

・実際に使用された機材・システムの概要をお聞かせください。

濱田氏:カメラ中心のお話となりますが、試合自体は5台のカメラを用いて中継しました。8Kカメラ「SHV-8000」4台(実際にはそのうち3台を使用し1台は予備という形で運用)、フル4Kのスーパースローカメラ「FT-ONE」 2台を使用しました。
 スタジアムのカメラポジションとしては、正面スタンドから見て左側ゴール裏のカメラ1にSHV-8000、正面スタンド上から全体の俯瞰を撮影するカメラ2にSHV-8000、右側ゴール手前コーナーフラッグ後のカメラ3にFT-ONE、正面スタンド対面のセンターピッチのカメラ4にFT-ONE、最後に右側ゴール後スタンド上のカメラ5にSHV-8000という形になります。なお、カメラ1とカメラ5のSHV-8000にはビデオレコーダーを接続し、スロー収録も行えるようにしました。
 このほか、主に試合が行われる街の紹介映像などのロケーション撮影用に別途F65を1台用意しました。さらにこのカメラに今年のNABで展示したベースバンドプロセッサーユニットBPU-8000に繋げ、会場外の様子などを伝えるライブ中継も実施しました。
 次にレンズですが、SHV-8000には独自の8Kセンサーが搭載されていますので、レンズもそれに併せた独自のものとなっています。カメラ1には11倍ズームレンズを用い、カメラ2と5には10倍ズームレンズを使用しました。またカメラ3のFT-ONEにはシネスタイルレンズHK5.3×75を、カメラ4のFT-ONEにはEFシネマレンズCN-E30-300mm(PLマウントモデル)を使用し、F65にはシネスタイルレンズZK4.7×19を使用しました。
 カメラ3のFT-ONEのカメラポジションですが、ゴール裏に配置しなかった理由には、使用したレンズが関係しています。先ほどお話ししたとおり、カメラ3にはHK5.3×75を使用しています。このレンズは焦点距離75〜400mmと、現状4K PLマウントレンズで一番タイトにいけるものでした。実際、反対側のゴール前などでもスロー映像として必要なサイズで撮影でき非常に良かったのですが、反面75mmと引きの画が撮りづらい部分があり、手前のゴール前の映像などゴール裏から撮影すると画面サイズがFFよりもタイトになってしまいます。そこでコーナーフラッグの後にカメラを配置し、距離をとることで、適切なサイズで撮影することができました。

 

  ・中継車は日本から持ち込んだのですか?

濱田氏:そうですね。中継車は、搭載されている映像機器を取り外した状態で日本から船便でブラジルに持ち込みました。そして映像機器をブラジルで組み上げる形を採りました。一週間かけて、映像機器をラックに組み込んだりケーブルを配線するなどの作業をスタッフ総動員で行いました。

 

・FT-ONEなどで4K収録したものは8Kにアップコンバートされたと思うのですが。

濱田氏:FT-ONEで撮影した映像に限らず、4K収録したものはすべて8Kにアップコンバートしています。もちろんすべて8Kで行う考えもあったのですが、現実問題として、たとえば8Kカメラは3台と機材が限られていることもあり、今回のテーマでもあるテレビ番組としてきちんと成立したスポーツ中継ができるのかといえば、それは現実的には困難です。視聴者の方々に満足いただけるスポーツ中継として成立させるには、スロー映像も必要ですし、各種テロップやスーパーも必要となります。
 そこで、4Kだけでなく2K映像もリソースとして有効活用しています。具体的には、スタメン紹介や審判の紹介などを始めとしたHBS(※)から提供されるグラフィックス映像や、限られたカメラの台数ではどうしても撮影しきれないシーン(たとえば選手が入場してくる際など)といったHBSから提供される映像です。また、今回のワールドカップから採用されたゴールラインテクノロジーというゴールしたかどうか微妙な際に用いられる判定システムからの2K映像も使用しました。
 これらの映像リソースを使用して、限られた8K機材面をいろいろと知恵を絞ってカバーし、テレビ番組としてきちんと成立したスポーツ中継が実現できたと感じています。使えるリソースをフル活用することで、少しでもコンテンツのクォリティを上げる、視聴者の方々に楽しんでいただける番組づくりを行う姿勢で今回の中継に臨んだということだと思います。
 8Kスーパーハイビジョンによるライブ中継を全体としてコンテンツの満足度を高めることで、最終的には多くの方々に8Kの魅力や可能性を感じていただけたのではないかと考えています。
HBS:Host Broadcast Service。ワールドカップ64試合すべての映像と音声を制作し、世界中のテレビ、ラジオ放送局に提供するFIFA公認の会社

陸路2500kmの機材輸送

・おそらくいろいろなご苦労があったかと推察しますが、なかでも印象に残るような事柄にはどのようなことが挙げられますか?

濱田氏:もうすべてですね(笑)。なかでも各会場の移動・機材のセッティングには苦労しました。ご存じの通り一口にブラジルといっても実に広大です。一番大変だったのは、ナタールからブラジリアへの移動時でした。中3日あるので一見余裕があるように思えますが、実際に運転に適した良い道を選択すると実に2500kmにおよぶ道のりとなります。実は、事前に本番と同じ道のテスト走行を実施しており、その様子を追いかけるだけでドキュメンタリー番組1本制作できそうなぐらいでした。
 私を含め中継スタッフは、機材を乗せたトラックや中継車を送り出したあと、飛行機で移動し、現場でその到着を待つ形だったですが、実際に機材が到着したのは中継前日の夕方でした。そこから、翌日の中継に向けてセットアップを開始したのですが、かなりタイトなスケジュールで非常に神経を使いました。

 

・事前準備の段階で不安を感じられていたことなどありましたか?

濱田氏:コンテンツ制作面に関しては、昨年6月に開催されたプレ大会のFIFAコンフェデレーションズカップ2013での経験もあり、正直あまり心配はしていませんでした。それよりも先ほどお話ししましたように、陸路による機材輸送関連の不安が大きかったです。予備のない機材ばかりでしたので、万が一に備えいろいろなシミュレーションも事前に行いました。たとえば、試合中にベースカメラにトラブルがあった場合はどう対処するかといった、どの段階でどの機材にトラブルがあったらどうするかなど、細部にわたる検討を行いました。
 また、陸路の輸送になにかあった場合に備え、最小限の中継システム一式だけ航空便で輸送し、万が一に備えるなどもしました。世界最高峰のイベントの中継が途絶えてしまうなど絶対に許されないことですから。
 なにはともあれ、9試合とも大きなトラブルも無く終えることができたのは本当に良かったです。

 

・最後に今回の2014 FIFA ワールドカップ ブラジル 8K中継を振り返り、改めて感じられていることなどありましたらお聞かせください。

濱田氏:今回の中継は、FIFAから正式に任命された8K制作チームがNHKと協力して中継を行うという共同制作の形になっており、われわれ中継スタッフは、FIFAの一員として参加したといえます。これは、先ほど申し上げた昨年のコンフェデレーションズカップでの実績を評価していただいた結果でもあるのですが、大変名誉なことだと考えています。そういった世界が注目するスポーツの大規模イベントで、日本の最新映像機器を総動員し、世界最高の8Kスポーツ番組中継を実現できたということは、本当に貴重な経験ができたと実感しています。

・本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。


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