ファイルベース時代に学ぶ ビデオ技術(基礎編)第2回 その2: 映像・音声信号の種類と伝送


アナログ映像信号の種類

 〜調味料は分かれているほうが価値がある?

■コンポジット信号
 1953年に始まった白黒テレビ放送では、明るさを表す「輝度」のみを送信し、各局の電波帯域も、色成分を1ch分のみ送信するように割り当てられていました。1960年に始まったカラー放送では、新たに色情報付加しなくてはならなくなり、色の濃さを示す「彩度」と、種類を示す「色相」によって表現するNTSC信号が登場しました(図1)。このアナログの放送信号規格では、輝度信号周波数の上限は4.2MHz(※1)で水平解像度は330TV本に相当し、理論上は画面の端から端まで、白地に黒の縦線を220本描いたチャートの細かさまでを表現できることになっています。NTSC信号ではこれに色成分の伝送用として3.58MHz(水平解像度で260TV本付近)の正確な周期をもつサブキャリア(色副搬送波)を重畳し、彩度はサブキャリアの振幅として、色相は同期信号中のサブキャリア(カラーバースト)に対する位相のズレとして表現させることにしたのです。

 1本の信号の中に3つの色要素を収めるこの方式は、別名コンポジット方式と呼ばれ、アナログ1インチC方式のVTRや、一般家庭への放送信号として使用されました。コンポジット方式は、3つの色要素を1ch分の電波帯域や1本のケーブルで伝送できる便利なものですが、テレビの表示で各色要素を復元する際に100%分離しきれず、ノイズ成分となって残ってしまう欠点があります。ちょうど、塩とゴマとかつお節を混ぜてビンに入れておくと、ふりかけとして使うには便利ですが、味噌汁の出汁として使うためにはそれぞれを再度分離してかつお節だけを取り出さねばならず、分離し切れなかったゴマの砕片でゴマ風味の味噌汁ができてしまう、という状況に例えられます。現実的には、細かい縦縞の服を着た演者が出演し、その縞模様のピッチが偶然水平解像度260TV本付近になるように撮影してしまったとき、受像機側がこの縞模様の波形をサブキャリアと誤判断して、画面上に赤や緑の色が勝手に付くモアレが盛大に発生します。

  • ※1 放送波としての上限であり、収録時やケーブル伝送時にはもっと高くできます。アナログVTRで〜5MHz、デジタルVTRからのNTSC出力では6MHzを超えます。

■コンポーネント信号
 高画質な合成が求められるCMや映画の制作現場では、各色成分を分離したまま伝送・処理するコンポーネント方式が使われてきました。この映像用コンポーネント方式の色成分は、PCで多用されるRGB(赤、緑、青)成分ではなく、輝度信号(Y)のほかに、青味成分のPbと赤味成分のPrを使うため、色差方式と呼ばれて区別されます。アナログ信号の場合はそれぞれの成分を3本の映像用ケーブルを使って伝送できますが、チャンネル数が限られている放送波としては、そのままでは使用できません。

 デジタル放送以前に、NHKはアナログによるハイビジョン試験放送を行っており、アナログ信号にもHD規格が存在します。コンポジット方式では限界があるため、ハイビジョン映像はアナログ/デジタルを問わず、すべてコンポーネント方式で記録・伝送されることになりました。そのため放送波では、アナログHDコンポーネント信号をMUSE方式で圧縮して使用していました。また民生用機器では、デジタル端子のHDMI規格ができるまで、セットトップボックス(HD放送のチューナー)からこのアナログHD信号をテレビに伝送するために、民生用D3端子(図2参照)が使用されていました。

 デジタル映像信号の種類

 〜トラック輸送より鉄道が確実

■業務用デジタル信号
 映像業界がデジタル化されたのは、D-1、D-2 VTRが開発された1986〜1988年以降です。これらのVTRは映像制作で主に編集作業に用いられましたが、テープのコピー(ダビング)により編集作業を行うため、数世代のダビングを経ても画質が劣化しないよう、デジタル信号で伝送を行う必要が生じます。そのため最初はパラレル伝送による方法が採用されましたが、後に1本のケーブルにデータを集約して送るシリアル方式に移行し、SDI(Serial Digital Interface)信号として進化しながら、現在でも放送業務で標準的に使われています。SDIの接続はケーブル1本ですが、伝送できる色要素はY、Pb、Prの3種類(※2)になります。これはデジタルのメリットを活かし、時分割的にPb、Y、Pr、Y、Pb…と並べてデータを伝送するためです。

 SDI信号はSD映像を扱うものとして考案されましたが、その後HD映像用のHD-SDI規格ができ、さらに立体映像や60pの映像信号を伝送するための3G-SDIへと、より帯域を広げる形で進化しています。またブランキングエリアを利用して、映像以外のデータも重畳でき、エンベデッドオーディオとしてデジタル音声信号の伝送も可能です。

 SDI信号の仕組みは、アナログ映像信号の波形がそのままのタイミングで数値に置き換えられて伝送されるものです。IT業界で用いられているパケット通信のように、データに送信先住所を記してランダムに送信するのではなく、ただ順序正しく、時間に正確に、だらだらと流し続けるのです。単純でやや時代遅れのようにも見えますが、これにより伝送のリアルタイム性が確保されます。

  • ※2 HD映像からは、Y,Pb,Pr(色差)信号に加えて、R,G,B信号も選択できるようになりました。

■民生用デジタル信号
一方、一般家庭用(民生用)としては1995年に登場したDV方式のビデオカメラにIEEE-1394規格に準拠した映像端子(DV端子)が搭載され、その後HD映像に対応したHDV端子へと進化し、DV信号やHDV信号によるテープのコピーや、PCへの送信が行われてきました。また別の規格としてHDMI端子が登場して、AVCHD方式の新しいHDビデオカメラに搭載され、モニターに綺麗な映像を伝送する役割を担ってきました。

 DVやHDV信号の特徴は、映像データを圧縮したまま、小さなパケットデータに分割して送信する点にあります。帯域を節約できる反面、スイッチャーなどの単体機器に入力するためには、その機器がDV・HDV方式のデコード回路を実装しなくてはならず、コストアップに繋がります。またMPEG2圧縮を利用するHDVでは、伝送する映像に大きな遅延が発生し、ライブ配信でスイッチを切れないなどの問題が生じます。

 これに対して、HDMI信号はPCディスプレイ用のDVI信号を基につくられ、非圧縮のデジタル映像信号を伝送するため、機器間でのシステム性が高く、遅延も起こりにくいのが特徴となります。

■IT機器の映像伝送
 ところでIT業界では、1GbpsのLANやUSB3.0などの伝送方式が普及し、ネット上で動画が配信される機会も多くなりました。映像信号よりも急速に進化発展したことを考えると、放送業務分野でも民生用のHDV信号やHDMI信号に加えて、これらIT業界の通信インフラを映像伝送に使えばよさそうに思えます。しかしそれぞれの開発目的が異なるため、映像制作業界ではLANやUSB接続を使いづらい事情が2つあります。

 1つはSDIがIN/OUTのある1対1の片方向の通信で、しかもリアルタイム送信である点です。これは鉄道の輸送に例えられ、専用軌道を使って、指定された時刻に確実に荷物(データ)を届けるのに適します。これに対してUSBのような双方向型通信では、受信機器の状況により伝送不能な期間ができると、送信側は一時的に伝送をストップしたり、受信側が再度同じデータを要求し続けたりします。すると映像の連続性が途切れることになってしまい、同時に接続している他の機器に混乱が生じます。またパケットデータを複数の経路で送信するLANはトラック輸送に例えられ、経路を自由に取れるためにネットワークを構築しやすいのですが、交通渋滞が発生すると、定時に荷物(データ)を届けられない状況が生じます(図3)。

 このようにIT系の機器が使用する通信規格では、データを確実に伝送するために、送信先機器から受信のOKが出るまで同じデータを何度でも送り直すことが大切で、そのためには時間がかかってもかまわないという設計方針があり(※3)、リアルタイム性、連続性が重視される映像制作の現場には不向きなのです。

 SDIを使用するもう1つの理由は、伝送距離を100m以上確保できる点です。テレビスタジオや映像編集を行うポストプロダクションでは、VTRが集約されているマシンルームと、作業を行う副調整室やエディティングルームが別室になっていることが多く、機器間の引き回し距離は数10mとなります。そのため高々10m程度のケーブル長しか確保できないIEEE-1394やUSB、HDMIでは伝送できず役不足となるのです。この長距離伝送が可能なSDIの特性を活かし、HD解像度の監視カメラシステムにHD-SDI信号が使われる例も多くなりました。

  • ※3 IEEE-1394やUSBの通信方法には、時間をかけてもデータを確実に伝送するアシンクロナスモードやバルク転送モードのほかに、一定時間内での伝送を保障するアイソクロナスモードも用意されており、実際にIEEE-1394によるDV/HDV接続で使用されますが、機器同士の認識が完了しないと伝送が開始されないため、接続状態にお構いなくデータを送り出すSDIより脆弱で、相性問題によるトラブルも多いです。

※本連載は、昨年まで「デジタル時代に学ぶ〜ビデオ技術の基礎」として当サイトに掲載されていた連載記事を改題し、再構成したものです

[映像・音声信号の種類と伝送 その3につづく]

[ファイルベース時代に学ぶ ビデオ技術(基礎編)]連載リスト
第1回:映像が動いて見えるしくみ
第2回:映像・音声信号の種類と伝送 その1 その2 その3
第3回:ファイルベースフォーマットの概要 その1 その2 その3


About 水城田 志郎

 旧日本ビクター(現JVCケンウッド)にて、ハイビジョンVTRやデジタルVTRの開発に従事する。その後独立して映像制作を行う傍ら、テクニカルライターとして業界誌への執筆活動を行い、解りやすい技術解説には定評がある。一方でNHK放送研修センターや放送系専門学校などで後進の育成にも努める。

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