爺の遺言〜惚れて使えばアバタもエクボ ・第1回


アリフレックス16ST その1

 

連載にあたって

 ビデオα雑誌版が休刊するということで「爺の遺言」を書きましたが、「電子版を復活させるのでなにか書け」とリクエストがあって、ゾンビのように甦ることになりました。 「題はどうするか?」と編集部からご質問がありましたので「爺のイヤガラセ」はどうか、と提案したところ即座に却下されました。

 そこで、爺が60台ほど動態保存している、40年以上にわたって使ってきたフィルムカメラに付いて書くことにしました。デジタル時代にフィルムカメラを紹介する理由は、フィルムを回して撮影することには『度胸と決断力が必要』だからです。 デジタルカメラのように「NGを出したら消してもう1回やればいいや」ということは不可能ですし、フィルム代、現像代も高価になりました。だからこそ「一発で獲物を仕留める能力」が養われます。

 また、デジタルが発達したからといって、フィルムの表現力が不用になるということではありません。 絵画には油絵、水彩画、鉛筆画、アクリル画など、さまざまな表現方法があります。映像も同じで、フィルムもデジタルも映像の表現方法ですから、どちらも使いこなせることが「映像を制作するスタッフの寿命を延ばす唯一の道」だと、自分の経験から思っています。

 爺はフィルム制作環境を維持するために、『16ミリフィルムトライアルルーム(以下ルーム、写真1) 』を開設しています(http://banrifilm.com)。ルームでメンバーが最初に触るカメラは「アリフレックス(ARRIFLEX)16ST」(以下、アリ16ST)に決めています。ルームにやってくるメンバーにとっては「憧れのカメラ」だそうで、「好きに触っていいよ」と手渡すと、全員が感激で固まりました。

 「なぜ、最初に教えるか」というと、「世界で一番フィルム装填が面倒なカメラ」だからです。これが扱えれば、他のどんなカメラも扱えます。そんなわけで第1回はアリ16STです。

アリ16STの歴史

 アリフレックスの歴史は、1917年、創立者のARNOLDさんとRICHTERさんの頭文字2字「AR」と「RI」を採って、ドイツのミュンヘンに「ARRI社」が創業されたことに始まります(写真2)。1937年、35mmフィルムカメラに回転ミラー組み込んだレフレックス、ARRIFLEX 35(以下、アリ35)が完成しました。ヒットラーの時代で、ナチの記録映画にはアリ35が頻繁に登場します(写真3)。

 映画「ヒットラー最後の13日間」にも、アリ35の初期型が画面に登場しますので、ナチ崩壊以前に完成形ができていたことがわかります。第2次大戦でドイツを攻略したアメリカ軍やソ連軍が、先を争ってアリ35を入手しようとした歴史もあるようです。 インターネットで「HISTORY OF ARRIFLEX CAMERAS」を検索すると、英文ですが詳しい歴史を解説するサイトが多数出てきます。興味のある方は参照してください。アリ35に付いては、今後は35mmフィルム映画カメラに触れていく際に取り上げられればと思います。

 アリ16STは16mmフィルムを使って撮影するカメラで、発売されたのは1952年、爺が4歳のときです。1964年の東京オリンピックを契機に大量に輸入されてから、1980年代、3/4インチENGビデオシステムが普及するまで、どの映像会社でも当たり前に使っていました。爺には壊れた経験が無い(壊した経験はあります)タフなカメラです。1952年から数えて、すでに60年以上経過していますが、電子回路を使わないメカニカルカメラなので、バリバリの現役です。回転音が出るので同時録音には向きません。「同録でなくていいから、16mmでドキュメンタリーを撮れ」といわれたら、躊躇なくアリ16STを選ぶほど信頼しています。ルームには10台の整備点検されたボディと、オーバーホール前のボディ3台が確保してあります。


荒木 泰晴

About 荒木 泰晴

 1948年9月30日生まれ。株式会社バンリ代表取締役を務める映像制作プロデューサー。16mmフィルム トライアル ルーム代表ほか、日本映画テレビ技術協会評議員も務める。東京綜合写真専門学校報道写真科卒。つくば国際科学技術博覧会「EXPO’85」を初め、数多くの博覧会、科学館、展示館などの大型映像を手掛ける。近年では自主制作「オーロラ4K 3D取材」において、カメラ間隔30mでのオーロラ3D撮影実証テストなども行う。

同カテゴリーの最新記事