爺の遺言〜「シネレンズ」シリーズテスト・第2回 : スイター/シネエクター/シネクセノン/アイボタール Cマウント


第2回のはじめに

 第1回をご覧いただき、御礼を申し上げます。

 読者の方から「作例写真はないのか」と問い合わせをいただきました。爺は「どんな画像でも作品であって、作例というジャンルはない」と思っています。作例だからといって、質の劣った画像を提供しても許される、ということはありませんし、ボケのためのボケ例写真など、意味がありません。プロであるからには「そんなことはわかって撮っているよ」と答えが返ってくるのが当然のことです。また、「後処理で化粧した画像は正確なテスト画像とはいえない」と常々考えています。

 この2つの理由から、このテストで使う写真は素っ気ないものに見えてもご勘弁下さい。

 レンズを使いこなす皆さんに、素晴らしい作品を撮影するための役立つデータや実物を提供することが、爺の役目だと思っているからこそ、たくさんのシネ用レンズを良い状態で保存しています。

 レンズは使わなければ「ただのゴミ」ですから、使って作品をつくることをお勧めします。ただし、作品の内容、上手下手については、爺の責任ではありません。
 爺にとって、ビデオαは、主にプロの方々が読むと位置付けられている、というイメージですから、映像作品の制作は読者のみなさんにお任せします。

第2回テストのレンズシリーズと撮影条件

 第2回目は、スイター(Switar)5本(写真1)、シネエクター(Cine-Ektar)3本(写真2)、シネクセノン(Cine-Xenon)3本(写真3)、アイボタール(Ivotal)3本(写真4)の同時テストです。

写真1 スイターシリーズ。左端から反時計回りに10mm、16mm、16mm、25mm、75mm

写真1 スイターシリーズ。左端から反時計回りに10mm、16mm、16mm、25mm、75mm

写真2 シネエクターシリーズ。左から15mm、25mm、63mm

写真2 シネエクターシリーズ。左から15mm、25mm、63mm

写真3 シネクセノンシリーズ。左から16mm、25mm、50mm

写真3 シネクセノンシリーズ。左から16mm、25mm、50mm

写真4 アイボタールシリーズ。左から0.7インチ、1インチ、2インチ

写真4 アイボタールシリーズ。左から0.7インチ、1インチ、2インチ

 カメラは、パナソニックDMC-GH1。感度100、ホワイトバランスは晴天、共通するF値は5.6です(写真5)

写真5 DMC-GH1での撮影状況

写真5 DMC-GH1での撮影状況

 MUKカメラサービスから預かっていたRJ製のマウントアダプターを返却したため、今回から、NOVOFLEX製に変更しました。
 その他の条件は、第1回をご参照ください。

 まず、基準レンズとしているニッコール50mm F1.4[No.5778278]で撮影しました。晴天でも曇天でも、いつもの安定した結果です(写真6)

写真6 ニッコール 50mm F1.4[No.5778278]をF5.6で撮影

写真6 ニッコール 50mm F1.4[No.5778278]をF5.6で撮影

スイター

 スイターシリーズは、爺の会社でも1970年代から、ボレックスに16、25、75mmを3本装着して、主にタイムラプス撮影に使い、活躍しました。

 全体にニュートラルな色彩でそろっていて、色補正に苦労した経験はありません。ボレックスの黒いボディに、黒のレンズはよくマッチしています。スイスの清浄な環境が産んだ銘レンズといえましょう(写真7)

写真7 ボレックスにスイター3本を装着

写真7 ボレックスにスイター3本を装着

 現在でも一部のレンズは生産されていて、アナミ海外(http://www.anamikaigai.co.jp)にカタログが載っています。

■スイター 10mm F1.6[No.929516]
 色彩はニュートラル。アンジェニュー 10mmとは異なり、フォーカスリングがありますから精密なピント合わせが可能です。イメージサークルはマイクロフォーサーズをカバーしませんが、16mmフィルムで使う画面中心部は、拡大しても非常にシャープです。

 爺はボレックスに装着して、専用のお釜のような黒いアルミの水中ハウジングで、水中撮影に多用しました(写真8)

写真8 スイター10mm F1.6[No.929516]をF5.6で撮影

写真8 スイター10mm F1.6[No.929516]をF5.6で撮影

■スイター 16mm F1.8[No.934418]
 色彩はニュートラル。コンパクトなレンズですが高性能で非常にシャープです(写真9)

写真9 スイター16mm F1.8[No.934418]をF5.6で撮影

写真9 スイター16mm F1.8[No.934418]をF5.6で撮影

■スイター 16mm F1.8[No.991071]
 [No.934418]と同じ傾向です(写真10)。製造番号は隔たりがありますが、2本とも初期の性能を維持しています。

写真10 スイター 16mm F1.8[No.991071]をF5.6で撮影

写真10 スイター 16mm F1.8[No.991071]をF5.6で撮影

■スイター 25mm F1.4[No.1033796]
 色彩はニュートラル。16mmフィルムの範囲を超えると、F5.6に絞っても画質が急激に悪化しますので、スイターシリーズの中でも特徴のあるレンズです。中心部は非常にシャープです(写真11)

写真11 スイター 25mm F1.4[No.1033796]をF5.6で撮影

写真11 スイター 25mm F1.4[No.1033796]をF5.6で撮影

■スイター 75mm F1.9[No.1039750]
 経年変化のためか、わずかにセピアに偏りますが。どの絞りでも安定してシャープです(写真12)

写真12 スイター 75mm F1.9[No.1039750]をF5.6で撮影

写真12 スイター 75mm F1.9[No.1039750]をF5.6で撮影

シネエクター

 シネエクターシリーズは、アメリカのコダック製で、主に安価な16mmカメラ用に製作されました。この3本もK-100というアマチュア用の16mmカメラに付属しているレンズです。アルミ鏡胴でアンジェニューやスイターに比べて、チープな外観をしていますが、性能は劣りません。

 シネエクターは赤の描写が独特の鮮やかさで再現される傾向です。これは、わずかにセピアに味付けされている影響でしょうか。コダックフィルムの色は、原色に忠実というよりも、印象を強める鮮やかな色を表現する、と言われています(写真13)

写真13 K-100にシネエクター3本を装着

写真13 K-100にシネエクター3本を装着

 爺は、この3本以外のシネエクターは使っていませんが、赤の被写体が予想されれば、躊躇なくエクターを選びます。

■シネ−エクター 15mm F2.5[No.RO669]
 わずかにセピアに偏った色彩です。スイターに比べて、拡大して詳細に見ると、少々線の太い描写になります(写真14)

写真14 シネエクター15mm F2.5[No.RO669]をF5.6で撮影

写真14 シネエクター15mm F2.5[No.RO669]をF5.6で撮影

■シネエクターII 25mm F1.9[No.RO1873]
 経年変化か、はっきりとセピアに偏った色彩です。15mmと同じ傾向の描写で、少々線が太めになります(写真15)

写真15 シネエクターII  25mm F1.9[No.RO1873]をF5.6で撮影

写真15 シネエクターII 25mm F1.9[No.RO1873]をF5.6で撮影

■シネエクター 63mm F2[No.RS1024]
 25mmと同じ傾向の色彩と性能です(写真16)

写真16 シネエクター 63mm F2[No.RS1024]をF5.6で撮影

写真16 シネエクター 63mm F2[No.RS1024]をF5.6で撮影

シネクセノン

 シネクセノンシリーズに個々のコメントは必要ありません。3本とも模範的に統一されたニュートラルな色彩と性能を誇っています。クックやツアイスに比べて一段低い評価をされた時期もありましたが、フィルムの性能が向上するにつれ逆転しました。デジタルの出現によって、再評価されるべきレンズ群です(写真17)

写真17 ボレックスにシネクセノン3本を装着

写真17 ボレックスにシネクセノン3本を装着

■シネクセノン 16mm F2[No.10890593](写真18)

写真18 シネクセノン 16mm F2[No.10890593]をF5.6で撮影

写真18 シネクセノン 16mm F2[No.10890593]をF5.6で撮影

 ■シネクセノン 25mm F1.4[No.11346382](写真19)

写真19 シネクセノン 25mm F1.4[No.11346382]をF5.6で撮影

写真19 シネクセノン 25mm F1.4[No.11346382]をF5.6で撮影

■シネクセノン 50mm F2[No.11346869](写真20)

写真20 シネクセノン 50mm F2[No.11346869]をF5.6で撮影

写真20 シネクセノン 50mm F2[No.11346869]をF5.6で撮影

アイボタール

 アイボタールはイボタールと発音されることもありますが、アイボリー(象牙)のような滑らかさをもったシリーズの名称のようで、爺はアイボタールと表記しました(写真21)

写真21 ボレックスにアイボタール3本を装着

写真21 ボレックスにアイボタール3本を装着

 アイボタールに限らず、クックのレンズシリーズは、新しい間は統一された性能を維持していますが、長年使用していると黄色に変色してきます。黄色に変色することは、モノクロフィルムの場合、Yフィルターを追加してコントラストを上げる作用がありましたので便利な面もありましたが、カラーフィルムだと困ったことになりました。

 これは修理や調整で止めることはできません。爺の会社でも、すべてのクックをテストして、同じ傾向のレンズを3本ずつ組にして使っていました。黄色に変色した状態がひどくなると「腐った」として、新品に買い替えていたものです。

 クックを使うことは「暴れ馬を乗りこなすような感覚」が必要だった、と思い出しています。現在のクックレンズシリーズは、そんな傾向はないと思いますが、使ったことはありません。

■アイボタール 0.7インチ(17.5mm)F2.5[No.526452]
 わずかに黄色に偏った色彩です。コンパクトですが非常にシャープです(写真22)

写真22 アイボタール 0.7インチ(17.5mm)F2.5[No.526452]をF5.6で撮影

写真22 アイボタール 0.7インチ(17.5mm)F2.5[No.526452]をF5.6で撮影

■アイボタール 1インチ(25mm)F1.4[No.530124]
 クックレンズの経年変化の特徴どおり、はっきりと黄色に偏った色彩です。切れ味は非常にシャープです(写真23)

写真23 アイボタール 1インチ(25mm)F1.4[No.530124]をF5.6で撮影

写真23 アイボタール 1インチ(25mm)F1.4[No.530124]をF5.6で撮影

■アイボタール 2インチ(50mm)F1.4[No.530023]
 ニュートラルな色彩を保っています。素晴らしい切れ味のレンズです(写真24)

写真24 アイボタール 2インチ(50mm)F1.4[No.530023]をF5.6で撮影

写真24 アイボタール 2インチ(50mm)F1.4[No.530023]をF5.6で撮影

シリーズの25mmを比較する

 第1回でテストしたアンジェニューを含め、5シリーズのCマウントレンズ群の中で、看板レンズといえば25mmでしょう。そこで、ニッコール 24mm F2[No.228026]を基準にして、25mmを縦断してみました。特にコメントはありませんが、画角が微妙に違い、イメージサークルも大小がありますので、比較してご覧ください(写真25〜30)

Cマウントレンズシリーズを俯瞰して

 アンジェニューから始まって、5シリーズを見てきました。

 そのレンズシリーズの特徴を出せるような被写体や撮影条件は、案外少ないものです。
 晴天でF5.6程度に絞ると、事前にレンズの銘柄を知らなければ、まったく差はないと言っても過言ではありません。差がないからこそ、これらのシリーズが、長年に渡って信頼され、使われ続けてきた理由があります。

 逆に、曇天や、斜光の微妙なニュアンスや、特徴のある色彩を再現できる、特定のレンズシリーズは、その性能を熟知した少数の愛好家が、他のカメラマンとの差別化を狙って使ってきた、と言えましょう。

 Cマウントのレンズは、プロ専用というシリーズではなく、アマチュアも盛んに使いました。アリフレックスマウントのレンズと比べて価格も安く抑えられていましたが、テストしてみると、小型化されたために絞り環やピントリングが回しにくかったりするほかは、性能に一切の手抜きがないことがわかりました。「1970年代のレンズでも近代のレンズとほとんど差がない」と確認できた、爺にとっても貴重なテストでした。

 コンピュータを使って、最新のガラス、最高の工作機械でつくられた、最新の新品レンズは、どのメーカー製でも「差がなく写って当たり前」という評価になるはずです。爺の各レンズシリーズに対するコメントも「目を凝らして詳細に見れば」という条件が付くことをお断りしておきます。

 カメラ雑誌を賑わせる、レンズの味に関する記事は、性能の悪い、または性能を発揮できていない部分の差を指して評価しているのでしょうか。ほんのわずかなレンズの差を見事に文章で表現する、名だたるレンズ評論家のみなさまには、最良の画質になるF値で、レンズ名を隠したブラインドテストをすることをお勧めします。

 爺が、ビスタビジョンを使った大型フィルム動画映像を制作した経験では、タムロンの28-200mmズーム(5万円程度)、トキナーの28-70mm(1万5000円程度)のズームを使ってF8程度に絞って撮影し、幅20m以上に拡大上映したプロに対する試写会でも、だれ一人としてレンズの銘柄を指摘できませんでした。

 さて、次回からは、アリフレックスマウントを始めとするプロ用のシネレンズシリーズに突入します。16mm用から35mm用のレンズシリーズを順に紹介していきます。Cマウントシリーズと比較して、どんな特徴があるでしょうか。ご期待ください。


荒木 泰晴

About 荒木 泰晴

 1948年9月30日生まれ。株式会社バンリ代表取締役を務める映像制作プロデューサー。16mmフィルム トライアル ルーム代表ほか、日本映画テレビ技術協会評議員も務める。東京綜合写真専門学校報道写真科卒。つくば国際科学技術博覧会「EXPO’85」を初め、数多くの博覧会、科学館、展示館などの大型映像を手掛ける。近年では自主制作「オーロラ4K 3D取材」において、カメラ間隔30mでのオーロラ3D撮影実証テストなども行う。

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