爺の遺言〜惚れて使えばアバタもエクボ ・第5回


フィルモ70DR

はじめに〜歴史

 フィルモ(FILMO)70シリーズは、アメリカ、ベルハウエル(Bell & Howell)社が製造した、小型のスプリング駆動16mmフィルムカメラです(写真1)。

 1923年、最初のフィルモ70A型が完成、発売されました。1本のレンズ、ビューファインダーで撮影するカメラで、シリーズの最後まで一貫してレフレックスではありません。後に、3本のCマウントレンズを装着できるターレットや(写真2)、コマ速度が可変できる機能などを追加して(写真3)、1933年、70DA型に発展します。時代の要請に従って、長時間撮影のために400フィートマガジンが取り付けられるようになったのは、ボレックスとも共通しています。16mmフィルムトライアルルーム(以下、ルーム)で動態保存中の70DR(No.AB96339)は、100フィートスプールだけを使う最終型です。

 フィルモは、第2次大戦中の記録を初めとして、テレビニュース取材の初期に全世界で使われました。テレビニュースの分野では、カラーリバーサルフィルムで撮影して、現像、オリジナルポジをそのまま送出装置で放送するシステムが確立していました。

 爺は、蝶型のスプリング巻上げクランクを固定し、カメラボディ本体を回してスプリングをチャージする報道カメラマンの粋な姿にシビレたものです(写真4)。

 100フィートフィルムをボディ内に装填して、わずか2分45秒分の映像取材に腕を競い合った、真のプロフェッショナル時代の銘機です。報道の過酷な現場で使う機材ですから、なにより「壊れないで、どんな条件でも回る」ことが優先されました。稀にスプリングが切れることがありましたが、手回しクランクによって、24コマ撮影できる機能も備わっています(写真5)。70Dシリーズと組み合わせたレンズ群は、Cマウントであればメーカーを選びませんが、アンジェニュー(Angenieux)25mm F0.95を含む3本は、最強といわれました(写真6)。

 フィルモは、長く報道の第一線で活躍し、現在も多くの機体が稼動状態で生き残っています。

フィルモ70DRの概要

■外観
 ボディにフィルモの名称はどこにも表示されていません。アリフレックスやボレックスが黒と銀を基調としたボディに対して、ルームのフィルモは薄い小豆色に塗装されています。同じベルハウエル社の35mmカメラ「アイモ」(EYEMO)は、軍用色のオリーブドラブや黒色に塗装されていますので、薄い小豆色は民間用の塗装なのでしょうか。重さは、フィルムとレンズを含めて3kg強。小さなボディに比べて、ずっしりとした重みを感じますが、スプリングの重さが1kg以上を占めていますから、本体だけなら非常に軽量です。

 ボディは、16mm100フィートスプール2個分のスペースに、撮影レンズとギアで連動するビューファインダー兼用の蓋、3個のCマウント、強力なスプリングを格納する丸いハウジングが取り付いた、素っ気ない形そのままで構成されています(写真7)。

 デザインの好みは別として、実用本位につくられた頑丈な構造をしていて、少々ぶつけたくらいではビクともしません。革ベルトに左手を通して構えると、右手はスプリング巻上げクランクと、シャッターボタンに自然に触ります(写真8)。ドイツ-アリフレックスの人間工学を意識したデザイン、スイス-ボレックスの華奢な精密感に対して、フィルモは必要最小限の機能を追及した無骨なアメリカンデザインの極致、ともいえるかもしれません。

■内部機構
 蓋を開けると、フィルム装填経路を構成するギア2個、可動式のプレッシャープレート、上下のスプール受け軸が2本だけ。これ以上簡潔な16mmカメラはありません(写真9)。内部の構造も、分解、清掃を軍隊の報道班員が行えるほど簡素にできています。オイルポイントに数滴注油すれば、まず壊れません。

実際の運用

■フィルムの装填
 プレッシャープレートを右に引いてフィルム装填経路を開け(写真10)、フィルムループをつくって(写真11)、プレートを閉じれば完了です(写真12)。なるべく暗い場所で「目視しながら日中装填」するのが基本なのは、ループの確認がボレックスと同様に最重要だからです。

撮影
 最初に撮影レンズとファインダーレンズの視野が一致することを確認します。ターレットを回すとレンズとファインダーレンズがギアで連動して回転しますから、組み合わせが間違っていると正確な画面が撮影できません。フィルモに慣れないカメラマンがよくやる失敗です。ファインダーにはパララックス修正ダイアルがあります(写真13)。フォーカスは目測で合わせます。10mmは固定焦点でピント合わせは不用ですし、25mm辺りまでは、F5.6程度に絞り込めば目測でもボケることはありません。

 75mm程度の望遠になると、ターレットを回してピントグラスで合わせます(写真14)。非常に小さく見にくい視野ですので、報道の現場ではまず使いません。あとは、コマ速度を24コマに合わせ、シャッターを押すだけです。スプリングをいっぱいに巻き上げると40秒弱回ります。取材が終了しても、突発的なカットが必要になる場合に備えて、ほとんどのカメラマンが10フィート残したものです。90フィート、2分30秒で1件のニュースを構成するよう訓練を積んだわけで、必要なカットを撮り逃がすことは恥でした。現在のデジタル取材では、収録時間はほとんど無限大になりましたが、必要なカットが撮影できていないケースがままある、とルームのメンバーである編集のプロは嘆いています。カメラが便利になるとカメラマンの技量は低下するのでしょうか。

■アクセサリー
 手動で撮影できるハンドクランクはあったほうが安心です。(気休めのお守りのようなものですが)また、ハンドグリップが付いていることがありますが、無くてもカメラを保持するのに差し支えはありません。

 フィルモはレンズとボディだけで完結したカメラで、ズームレンズで離れた場所から撮影するようにはつくられていません。「基本は手持ち撮影」です(写真15)。ワイドレンズを選び、なるべく被写体に接近して、時にはノーファインダーで突っ込んで行くことが要求されます。その意味では、銃を持った兵士と同じ感覚で撮影していたのでしょう。軍用でも報道でも、最前線にいることがふさわしいカメラです(写真16)。

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 次回は、国産の16mmカメラ、キャノン スクーピック(CANON SCOOPIC)16MNです。


荒木 泰晴

About 荒木 泰晴

 1948年9月30日生まれ。株式会社バンリ代表取締役を務める映像制作プロデューサー。16mmフィルム トライアル ルーム代表ほか、日本映画テレビ技術協会評議員も務める。東京綜合写真専門学校報道写真科卒。つくば国際科学技術博覧会「EXPO’85」を初め、数多くの博覧会、科学館、展示館などの大型映像を手掛ける。近年では自主制作「オーロラ4K 3D取材」において、カメラ間隔30mでのオーロラ3D撮影実証テストなども行う。

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