4K漂流記〜東京藝大における事例・第3回


 2014年6月24日に、DaVinci Resolve 11のパブリック・ベータ版が公開されました。本稿で取り上げているシステムは目下、実習制作で稼働中のため、バージョン変更は避けました。そこで、本番環境とは別の試験環境にインストールしてみました。ひと通り試したところでは、非常に好感触です。編集機能は一層充実し、他のノンリニア編集ソフトを脅かすに十分です。安定性についてはベータ版ということもあり、いまのところ問題はありませんが、実際にしばらく試してみないことにはわかりません。

 実は、このバージョンアップを待つため、原稿の締め切りをぎりぎりまで伸ばしていただいていました。しかしながら、記事に書くことができる段階にまで至る時間的余裕がもてず、無念ですが断念しました。そのため、今回の内容はあらかじめ用意していた予備の話題です。よって、技術的なものよりも、抽象的かつ筆者の主観が強いものになります。ご容赦ください。

解像度について

 ソニーF65RSの目玉は「8K CMOSイメージセンサー」です。ただし、スペックをよく見てみると、本当に画素がみっちり8Kで詰まっているというわけではありません。またソニーも4Kカメラとして紹介しています。しかしながら、ソニーが提供するRAW Viewer『RWV-10』では、F65 RAWを読み込んで6Kや8K解像度を選択することができます。

 写真1〜4は、読み込んだF65RAW-SQの解像度設定を2K、4K、8Kに変更し、それぞれ拡大率100%で表示した際のスクリーンショットを切り出したものです。撮影に使用したレンズの焦点距離は25mm、絞りもF11で撮影したため、遠方から手前まで、ほぼすべてが被写界深度内に収まっています。ちなみにF65RSの標準感度はISO800となっていますが、S/N比や使い勝手という点で、筆者はISO400が好みです。

 4K以上の解像度では、道の向こう側にある道案内表示の文字が読めます。また、後ろにある建物(横浜第二合同庁舎)のレンガ部分の横縞の模様を、なんとなく感じ取ることもできます。建物のその部分までの距離は、地図上では約90mです。

 それぞれの写真の範囲を見比べながら全体図の横幅を劇場のスクリーンのサイズやテレビ画面のサイズとして想像してみると、4Kや8K解像度の1枚の画像としての広大さを改めて感じます。

 写真5〜6は先ほどの2Kと4Kとを、今度は8Kと同じ大きさになるように拡大表示したものです。こうしてみると精細さの違いがより明らかです。もっとも、F65RSの「8KCMOSイメージセンサー」では4Kと8Kとの差は、2Kと4Kとの差ほどには感じられません。

ワークフローについて

 2Kより4K、さらに8Kと解像度が上がっていくことの意味については後にまわして、とにかく新しいテクノロジや方式が現れれば、それに対応することを考えなければなりません。ワークフローやシステムを考える場合、効率が重要です。考えるべきコストは色々ありますが、ここでは時間について考えてみます。

 あらゆる作業には一定の時間がかかりますが、その時間は、機械の処理を人間が待つのではなく、人間の判断を機械が待つ時間であるべきです。しかしながら、機械には機械的限界があります。また、機械が人間の都合に合わせるのが本来だとしても、人間は順応性が高いので、人間が機械の都合に合わせる方が手っ取り早く、うまくいくことが多いのも事実です。その最たる例がデータ転送の時間です。

 先日、秋葉原で『ARRIの考える高画質映像とは何か』と題したARRI社の社長フランツ・クラウス氏の講演を聞く機会がありました(※1)。そのなかで「フリーランチはない」ということがいわれていました。高画質化には相応の対価が必要ということです。

 フィルム映像での画質向上の対価は、機材の物理的な大型化に加え、フィルム調達費や現像費の増加になります。デジタル映像においては、一時に扱うデータ量の増加に伴う計算負荷と記憶装置の大容量化、それらの結果生じる時間延長です。

 計算負荷については本稿で取り上げたように、複数のGPUを搭載するなど、並列処理で対応することができます。負荷が4倍になるなら、4倍早いチップの開発を待たずに、4枚のボードで並列処理させてしまうことが考えられます。

 より解決が難しいのは記憶容量の方です。データ量が4倍になった場合、単に4倍の記憶容量を用意するだけでなく、4倍の速度で転送や記録ができなくてはなりません。もし、インタフェースの速度や、メモリーやHDDの読み書きの速度を4倍早くするとなると、それ相応の投資が必要になります。では、これを解決するために4枚のメモリーカードで並列に記録するとしたらどうでしょうか。撮影素材として現場のデータ・バックアップ担当者や編集室には4枚のメモリーカードが渡されます。そこでは4倍の電力と4倍の空間を確保して4倍のHDDを用意し、素材をコピーします。作業を続けるにしても、最終的に完成品とするにしても、4つに分かれていたままでは不便なので、どこかで1つにまとめられます。すると、そこから先は、データの移動には4倍の時間がかかるということになります。

 結局のところ、これを解決するには機材の性能自体を向上させるのが一番ということになるのですが、気軽に環境を一新できるかというと難しく、旧式のものも混ざってしまいます。

 現状ほとんどの場合で「人間にはわからない犠牲は許容する」として非可逆圧縮が選択されるので、単純に2倍4倍とはなりませんが、ここ数年で映像素材のデータ量は大きく増加しました。旧型の使用を継続するならば時間延長は避けられません。筆者が見たなかで最も長い転送時間は、サーバーが危機に瀕し、すべてを他所にコピーしようとしたときの「約9日」でした。

 おだてようが怒鳴ろうが、機械は奮起も手抜きもせずに仕事を進めます。転送に3分なら3分、1時間なら1時間かかります。その一方で人間は三日後や一週間後の締め切りを抱えています。結局、人間が工夫して、限られた時間の中でできるだけ人間の時間を確保しなくてはなりません。

 前回、前々回とご紹介してきたように、ワークステーションに直接大容量の記憶装置を設けるのではなく、ファイルサーバーにアクセスする方式にしたのはこのためです。素材コピーの時間を省略するため、ネットワークでデータ共有をするというならば、ワークステーションのローカル記憶域を共有してもよいのですが、そうすると、映像素材の転送と映像処理とが時間的に重なってしまう場合、互いに十分な性能で稼働できなくなります。

 やや余談になりますが、並列処理ということでは、映像の制作は複数の人々が、それぞれ個別の専門分野を担当してつくり上げるという点で、それらを同時進行することも考えられます。かつては困難でしたが、データを共有できるインフラが整っていれば、編集、色調整、整音などの同時進行は不可能ではありません。ただし、これは機械の時間ではなく、人間の時間についての問題になってきます。

 以前、筆者は「アジャイル型運用」として試論を述べたことがありました。アジャイル型というのはコンピュータ・ソフトウェアの開発手法から着想を得たもので、順番に工程を進めて全体を完成させるのではなく、まず最小限のものを作成し、それに機能の追加や改良を繰り返して、徐々に完成させるというやり方です。ポストプロダクション作業に応用するならば、たとえば1週間を一区切りとして、各作業を並行して進め、毎週決まった日に試写を行い、翌週の作業方針を決定して、また作業に戻り…というのを何週間か繰り返していくということになります。

 一般的にはポストプロダクション作業は、編集に何日、その後整音に何日、色調整に何日などと日程を区切って進めていきます。ところが学生の実習生作では、その工程が逆流することがしばしばあります。整音や色調整の作業中に考えが変わって、編集をやり直すなどです。混乱の元になりますが、実習という点では、色々と悩んで試行錯誤するというのは良いことです。そこで、無秩序にやり直すのではなく、きちんと制度として確立してしまったらどうかと考えたわけです。作業を同時並行するということは、従来ならばたとえば講評会までの2ヶ月間を一定期間ずつそれぞれの作業に区切っていたのを、編集なら編集、整音なら整音で、まるまる2ヶ月間の作業時間がとれるということになります。

 また、アジャイル型ならば毎週毎週その時点での完成版がつくられ、それがバージョンアップされていくということになります。つまり、締め切りギリギリまで粘って作業をしていても、1つ前のバージョンが保険としてあるので、締め切り自体を破ってしまうことは避けられます。

 ただし、筆者は映像制作のプロフェッショナルが用いるものではないと考えています。それは業務としてのポストプロダクションを考えた場合、コストの最小化と成果の最大化に寄与するものではないためです。これは実習の講評会までに与えられた日数の中で、いかに勉強時間の最大化を図るかというもので、業務の効率化とは逆の考えです。ですから、もし業務に用いれば回転率が悪化し、納期圧縮と過重労働の悲劇に至るでしょう。

 とはいえ、細部の違いはあれども、基本的には順番に段階を進めるしか方法がなかった映像制作ワークフローについて、気ままな考えを持ち込んでみることが可能になったということは、高画質化以外での映像テクノロジの発展を示すものだと思います。

※1 MPTE第9回勉強会「ARRIの考える高画質映像とは何か」ALEXA/AMIRAの設計思想 2014年6月24日(火)25日(水) 秋葉原UDXシアター 共催:(一社)日本映画テレビ技術協会、(株)ナックイメージテクノロジー


馬場一幸

About 馬場一幸

1981年生まれ。大阪府池田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻を修了後、博士課程に進学。2010年退学。現在、同研究科助教。玉川大学非常勤講師。

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